

2007年11月、ジミー・ラッセルは約1週間にわたって日本に滞在し、札幌、博多でプロのバーテンダー様を対象としたセミナーを開催。また東京ではワイルドターキーをこよなく愛する方々が一同に会したイベントに参加。各地で熱烈なファンに囲まれ、セミナー、イベントともに盛況のうちに終了した。(イベントの様子はこちら)
来場者の皆様を柔らかな物腰で和ませ、ユーモアとウィットを交えての氏の話は、相手の心にシンプルに届き、日本のファンを一層魅了した。
「こうして日本の皆さまにまたお会いでき、心から嬉しく、私自身もセミナーやイベントを大いに楽しませていただきました。各会場には入りきれないほど大勢の方々が来て下さり、バーボンを通して心と心で触れ合える喜びをあらためて感じています。
私にとっての2007年はとても穏やかで、幸福な日々でした。同じ職場で働く息子のエディー(ワイルドターキー蒸留所、アソシエートディスティラー)の仕事もますます順調で、高校生と大学生の孫たちも元気でフットボールの選手として活躍し、地区大会で優勝を飾るなど、家族ともども良き日々を過ごしています」と、充実の日々を振り返った。

70歳を超えてなお、毎日、蒸留所に通っているというジミー・ラッセル。
「バーボン造りは、原材料の受け入れ、仕込み、発酵、蒸留、樽詰め、熟成……と、日々の積み重ねが大切な仕事。旨いバーボン造りのため、平日はもちろん、週末にも蒸留所に顔をだすこともしばしばです。遠くから訪ねて来てくださる方に蒸留所をご案内することもありますし、ケンタッキーを離れ、こうして遠い国で仕事をすることも頻繁にあります。フルタイムを蒸留所で過ごす日もあれば、10分だけ、という日もありますが、働き盛りの人と同じように精力的に仕事をしています。後輩たちと会話をし、彼らに声を掛ける。そんな日常的なことが良きバーボン造りに繋がるのです。
ディスティラーの実務と役割とは、ご想像の通り、実に繊細で感覚的なものです。私は19歳からこの仕事をはじめましたが、それ以来、年を重ねるにつれ、味覚や嗅覚といった仕事に不可欠な感覚は上がり続けていると感じています。人間は向上するために日々を生き、仕事とは、努力を積み重ね、学ぼうとすることに他なりません。それはどんな仕事、どんな地位にいても同様です。
人が働く意義は世代によって変わるものだと思います。若い時に働く意義は家族を守るためですが、この年齢になって働く意義は人生をエンジョイするため。また、人々に必要とされて働く喜びを実感するためなのです。実際、私ほど幸せな人間はいないと思います。同じ職場で53年間働き、息子とともに26年間同じ場所で働き、毎日、ランチタイムには家に戻って妻の手料理を食べて過ごしているのですから。こんな果報者はそういませんよ(笑)。私の人生はすべてが素晴らしい状態にあり、また、そういえることは実に幸せなことです」。

充足の輝きに溢れるジミー・ラッセルに、あらためてワイルドターキーの魅力を聞いた。
「ワイルドターキーの魅力は、そのフルボディなフレーバーにあります。高品質の穀物、ライムストーンウォーター、そして秘伝のイーストを用い、『昔ながらの製法』でバーボンを造ることでその独特のフレーバーを生み出しています。
ニュースピリッツを造り樽詰めするまではわずか数日間のプロセスですが、そのあとの熟成には長い年月がかかります。今日造ったものを、明日販売出来るような商品ではありませんから、長いスパンで物事を考え、楽観的に取り組むようにしています。自分がバーボン造りを楽しむことが出来なければ、消費者の皆様にも楽しんでいただけないのではないでしょうか」。
穏やかに微笑みながら、ワイルドターキーの魅力を語るジミー・ラッセル。彼が言う、「楽しむ」ことの真意は、自らが生まれ、バーボンが生まれた土地、ケンタッキーで、半世紀以上に渡ってバーボン造りに携われていることへの喜びと感謝に違いない。

日本でもアメリカでも愛されるバーボン。その楽しみ方の相違を、日米双方をよく知るジミー・ラッセルはこう語る。
「日本の方々は、ワイルドターキーのフルボディともいえる豊かな風味を好まれるようです。そして、とても愛おしんで、感謝の気持ちを込めて楽しんでくださっている印象です。造り手としては大変に名誉なことです。アメリカではよりラフに、たとえばジンジャーエールで割るなど、カジュアルに楽しむ人が多いですね。
『ジミーさんおすすめの飲み方は?』、という質問をよく受けますが、バーボンを愛する人それぞれに、それぞれの楽しみ方やスタイルがあると思っていますので、各人が好きなように楽しんでいただければ、なによりです、とお答えしています。
シンプルにストレートやオンザロックで楽しむもよし。シガーとともに味わって、香りやフレーバーのハーモニーを楽しむのも粋で成熟したスタイルでしょう。ソーダやジンジャーエールで割っても、ワイルドターキーのフルボディなテイストであれば、バーボンらしさを損なうことなくお楽しみいただけます。いずれにしても、楽しみ方は人それぞれ。思い思いのスタイルでワイルドターキーを楽しんでいただければ、これ以上の喜びはありません。
お酒はご存じのように、度を過ぎると危険なものにも成り得ます。しかしそれをわきまえれば、お酒がもたらす美点ははるかに大きく、豊で幸福な時間をつかさどってくれるもの。お酒を介して新しい友人をつくるなど、人と人を繋ぐ絆にもなります。一杯のワイルドターキーは、あなたとさまざまなもの――人、友情、ゆたかで忘れ難い時間――を繋ぐ役割を果たすでしょう」。

ジミー・ラッセルの生まれ故郷であり、ワイルドターキーが誕生したケンタッキーとは、どんな土地柄なのだろう。
「とても平和なところです。小さなエリアに蒸留所が集まっていて、他のバーボンメーカーのディスティラー同士もみな仲が良く、友情にあふれた競争をしています。お互いに独創的な仕事をしながら刺激し合い、時には助け合うこともあります。小さな町では誰もが知りあいで、町を歩けば皆が声を掛けあって、「やあ、ジミー、日本はどうだったかい?」と話が弾む、そんな感じなのです。ケンタッキー人はみな気さくでフレンドリーですが、これはアメリカの真の姿ともいえるでしょう。アメリカというとニューヨークやロサンジェルスのような大都市を想像されますが、実際のアメリカは、無数の小さなコミュニティの集まりであり、人と人の間がとても近いのです。
ケンタッキーは都会のストレスとは無縁のところです。バーボンと野生の七面鳥、これはケンタッキーを象徴するものであり、どちらもまた、本物のアメリカを象徴しています。そしてケンタッキーにはもうひとつ、世界的に有名で誇らしい催し物、ケンタッキーダービーがあります。世界中からファンがやってきて、2分で終わるレースに3週間もパーティーをする、それは大変なお祭りです」。

バーボン界において、“伝説のマスターディスティラー”、と称されるジミー・ラッセル。その言葉から想像されるのは、こわもての孤高のディスティラーかもしれない。だがジミー・ラッセルはその温厚で親しみやすい人柄と、長い年月での実績に裏打ちされた叡智と才能をもって、バーボンファンを魅了する。バーボン一筋に生きてきた人の発する言葉には、真実が散りばめられている。小さなことにあくせくしても仕方がない、と大きく構えているさまは、実に重厚で説得力がある。たとえば、ジミーが持つ地球温暖化についての想いだ。
「地球温暖化がバーボン造りに与える影響に関しては、あまり心配していません。バーボンはケンタッキーで脈々と200年にもわたって造られてきたのです。その長い年月の中には、気候が安定しない四季も、暑すぎる夏も、冷涼な夏も、寒い春もあったでしょう。バーボン造りは8年、10年という年月を要するもの。悪い年を良き年が補い、総体的に見れば、多様な要因が働いて、おおよそは上手くいくものなのです。起こらないことを心配し、気を揉んでアタフタしても仕方がない。日々、最善を尽くしながら、どっしりと構える他はないのです。
人生もまた、バーボン造りと同様ではないでしょうか。私の人生訓といえば、何事においても節度を守って腹八分目にし、エンジョイすること。何事も、ちょうどよいのが適切なのです。そして、常に率直でいること。人とコミニュケーションする時は、その人のいい部分を見つめ、もしそれが見当たらなければ、気にしなければいいのです。
私は、健康や、日々を楽しむ糧にも恵まれ、仕事をする中で賢さをも得ました。バーボンと歩んできた人生は、実に幸福なものでした。私が私であるように、あなたもあなたらしく、等身大に、素のままで過ごす。脈々とつづく人生を、しかめ面をしていてもつまりません。あなたが笑顔でいることが、みなの幸せにも繋がるのですから」。
“ケンタッキーで最も知識豊かな実践型の現役マスターディスティラー”と評されるジミー・ラッセル。彼が語る人生訓もまた実践的である。
今宵も世界中で多くの人を楽しませ、人と人を繋ぎ、物語を紡ぎだすバーボン。その創造主は、実直で優しく、素朴な賢者の素顔をしている。
あなたが手にするバーボンの味わいには、揺るぎない仕事の偉大さに裏打ちされた、ジミー・ラッセルの、明晰で美しい人生が反映されている。
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